2017年05月06日

プロジェクト・ゲンの沿革

1976
中沢啓治原作のマンガ『はだしのゲン』を各国語に翻訳すべく東京でボランティア団体を創設。英語、ドイツ語、エスペラント語、インドネシア語、ノールウェイ語、スゥエーデン語訳などがある。英語版(4巻)を除いてはいずれも1巻のみを出版し、その後解散した

1994
モスクワに留学していた田邉美奈子が現地学生とともに新たに<プロジェクト・ゲン ロシア班>を創設

1995
終戦50周年の1995年にロシア語版1巻をモスクワの『今日の日本』社から自費出版

1995
金沢でも偶然に『はだしのゲン』のロシア語訳を始めていた浅妻南海江と館農ユーリァが、<プロジェクト・ゲン ロシア班>に合流。金沢に本拠を置き2,3巻までをモスクワで出版

1999
金沢在住のロシア人の主婦や留学生の協力を得ながら、4巻から翻訳とともに画像の編集を開始。出版と同時に国内で販売をはじめる

2000
中沢啓治作 マンガ 『はだしのゲン』翻訳・編集グループ<プロジェクト・ゲン>に改名し、英語版全10巻を出版するために翻訳者を募集。西多喜代子、田中道子など8名が新たに英語翻訳者として参加

2001
6月にロシア語版全10巻の出版が実現

2004
アメリカのラスト・ガスプ社から英語版1、2巻を出版

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2005
8月ラスト・ガスプ社から英語版3、4巻を出版




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<プロジェクト・ゲン>からのメッセージ

第二次世界大戦末期、日本が人類史上最初に核兵器原子爆弾の恐怖を体験して以来はや六〇有余年が過ぎました。数十万人がその犠牲となり、今なお多くの人が原爆の後遺症に苦しめられているなか核兵器はますますその威力を高めて厳然として二十一世紀の世界に君臨しています。

 このような状況のなかで人類が再び悲劇をくり返さないために世界唯一の被爆国日本は核兵器が結果としてヒロシマ・ナガサキになにをもたらしたか、人類になにをもたらすかを世界の人達に伝えていかねばなりません。

 その意味で核兵器や戦争を告発し、平和の大切さを描いたマンガ『はだしのゲン』の果たす役割は大きいものといえます。

 ゲンはミュージカルとなり国内外でも上演されています。また実写版の映画にもなっています。またアニメーション版も製作され、米テキサス州ダラスの上映では中沢さんを迎えての質疑応答に長蛇の列ができた、ということです。ゲンはオペラや講談となり、様々に姿を変えて活躍しています。本も全十巻が色々な言語に訳され始めました。

 ヒロシマ・ナガサキ・ゲンバクという言葉は世界中の人達が知ってはいても、そこにどれほどの恐怖や嘆きがあったか、また核の被害が生き残った人達の運命をどれほど過酷なものにしたか。再びこの悲劇を繰返さないために私たちは世界中の図書館や学校あるいは家庭で子供や学生達がこの本に出会い、核兵器の恐ろしさを認識して少年ゲンからの平和のメッセージを受け取ってくれることを願っています。 ゲンが世界中を旅し、人の手から人の手にとわたって色々な言語で語りかける時、彼は二十一世紀の反核・平和の運動にいささかでも貢献するものと確信します。

 国際政治の駆け引きの中では、平和を願うこのような草の根運動は時として無力に思えることがあります。しかし私たちはこの運動を通じて、伝えることの大切さと共に、ヒューマニズムに共感する多くの人達との連帯のすばらしさを改めて感じつつこの活動を続けています。
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プロジェクト・ゲンについて

プロジェクト・ゲンは核廃絶を願い、原爆マンガの古典といわれる中沢啓治氏のマンガ『はだしのゲン』を広く海外に普及することを目的とした翻訳・編集ボランティアグループです。

プロジェクト・ゲンにはロシア人、アメリカ人、日本人約20名が所属しています
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