2010年05月02日

平和パレード

 3月2日、反核デモンストレーションの平和行進はマンハッタンを南北に貫く目抜き通り、タイムズ・スクエアあたりからハマーショルド広場までの約2km。参加者は主催者発表で25000人。気温は30度近くあったであろうか。蒸暑い日であった。午後2時、行進前の路上集会では秋葉忠利広島市長や仙台在住の被爆者、木村緋紗子さん(73歳)の「地上から核兵器のなくなるまで頑張ります!」との力のこもったメッセージがスピーカーから流れた。それに続く”ノーモアーヒロシマ!””ノーモアーナガサキ!“”ノーワー!”“ウイラヴピース!””ノーニュークス(核反対)“のシュプレヒコールは威勢はいいが、あたりの人たちも出発前から疲れ気味。チカさんが気を利かして水やジュースを差し入れてくれホット一息。よく気の付くお嬢さんである

 ゲン・グループはヘレナさん、Mさん、通訳のTさん、坂東、浅妻の計5名  
 3時半ごろやっと行進の列が動き出す。
 坂東さんは黒のTシャツにゲンの顔の描いてある黄色のハンカチを前後に縫いつけ、気合充分。(後日談だが2度ばかり「シャツは何処で売っているのか」と尋ねられ、すっかり気を良くした坂東さんは本気で シャツ屋を始めようと考えた)

 Tさんと私は、ゲンの顔を拡大してラミネート加工したポスターを肩から前後にかけて行進した。私達は自分たちが行進のどのあたりにいるのか分からないが、多分真ん中あたりだろうと納得しながら、「石川県原爆被災者友の会」から預かったオリヅルを首にかけたり、手に持って辺りの人たちに手渡しながら歩いた。皆、笑顔で受取ってくれる。ヘレナさんもMさんも初対面というのにすっかりゲン仲間になり、横断幕を持ち、オリヅルを手渡して協力してくださった。            
 肌の色に関わらず老いも若きも、足の悪い人も車椅子の人も平和を願い共に歩いている。今、ゲンを通じて知り合った私達5人もゲンを連れて、平和を願うこれらの人たちと共にニューヨークの目抜き通りを歩いている、そう思うと胸にこみ上げるものがあった。
 
 通りの向こう側では手を振る人、カフェテラスでお茶を飲みながら見物する人、風を切って走る屋根のない真っ赤な観光バスに乗った人たちが髪をなびかせ歓声を上げて手を振る。皆1つである。

 終点の国連近くのハマーショルド広場でも原爆の実相を伝える写真が展示され、到着の疲れにも関わらず人々が覗き込むように写真に見入っていた。マスコミやNGO,それに様々なグループのブースが立ち並ぶ。被爆者の方のための飲み物、食べ物つきの休憩ブースも用意されていた。

 「ヒロシマ・ナガサキ平和委員会of Washington」という組織が用意したものだと後日知らされる。平和委員会は被爆者が渡米したときに通訳などのサポートをする80人ほどのボランティア団体で5年前から様々な準備をしてきたそうだ。アメリカで通訳など色々の形でこのように平和運動を支えている人がいることを改めて知り、心強く思った。国際的な協力・連帯こそ核廃絶のキーワードだと確信する。 
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Helena Garanさん、Mさんとの出会い

 ヘレナさんはニューヨーク近郊のビンガムトン(ニューヨークの西北約250キロにある人口約15万人の都市)に住むオランダ人女性である。我々がニューヨーク行きを決めて、DVDを上映する学校や組織を探しているとき、たまたま1人の女性Yさんから電話があった。その方の話では高校時代の同級生のUさんが四国遍路をしているとき、同じく遍路をしていたヘレナさんに出会った。
 ヘレナさんは四国に行く前に広島、長崎を訪れていた。彼女の帰国後、U さんはメールを受取った。それによると彼女は地区の<Peace action>のメンバーで毎年8月6日に当地ではヒロシマ、ナガサキの追悼行事が行われており、スピーチを依頼されたそうである
 ヘレナさんは「日本人の若者が原爆投下についてどのように考えているか、あなた方はアメリカ人に何を知ってもらいたいか、私は日本人からアメリカ人にどのようなメッセージを伝えることが出来るのだろうか」、と質問してきた。元高校教師のUさんはこれを機会に高校生や大学生のアンケートを思い立ち、同僚の先生や高校時代の同窓生がこれに協力。アンケートやメッセージは英語版『はだしのゲン』と共にビンガムトンに届けられた。
 この交流の一部始終をYさんから聞いてゲンは平和のために、人と人、国と国の架け橋として働いていることをうれしく思った。ニューヨークへ出かける前に私達はヘレナさんと何度か連絡を取り合い、そして、彼女はとうとうニューヨークまで私達に会いに来てくれることになった。

 5月2日タイムズ・スクエアのホテルのロビーに目印の大きなつばの付いたブルーの帽子のヘレナさんが私達をまちうけていた。白髪の穏やかな顔付きの方であった。

 Mさんは元英語の先生で、ヘレナさんとUさん達の交流の翻訳サポートをしている方である。   
 今回は被爆者の方に誘われてのニューヨーク入りである。彼女もヘレナさんに会いたいということで私達はホテルのロビーで落ち合う約束をしていた。Mさんもヘレナさんも私達も互いに面識はない。すなわち皆知らないもの同士がゲンのお陰でタイムズ・スクエアのホテルのロビーで初顔合わせをしたのであった。
 私達は彼女から英語で書かれたオリヅルの作り方を頂いた。海外、何処でもオリヅルフィーバーは盛んである。
 オリヅルもゲンも平和を願う人と人、国と国を結びつける大きな力を持っている。
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待望の通訳Tさん到着

 アメリカ在住の坂東弘美さんの友人であるK さんがmixiで募集をかけてくださり、間髪をいれずにTさんが応募してくださったTさんは21歳。スポーツ系の元気で颯爽としたお嬢さん。
大学4年生の彼女は目下カリフォルニア大学留学中であり、現在は国連開発計画ワシントン事務所で研修中。日本では国連難民高等弁務官事務所で13ヶ月インターンをしていたという。
 お父様の仕事の関係で小学校4年間を香港のインターナショナルスクールで過ごし、英語の発音はネイティブ並である。アメリカの法律の勉強をしている、という彼女から私達は色々なことを学んだ。アメリカでは条約で取り決めたことは国内法になり、それを守らない場合は法律違反であるということも知った。京都議定書からの脱退もこのような背景があった、ということであった。
 在ニューヨーク中、4日間、彼女は私達に付ききりで通訳としてだけではなく、あるときはガイド、あるときは保護者、あるときは仲間として行動してくれた。
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